ひとはイメージという病にかかった(2)

おそらくその映像自体がテレビの宣伝のための映像だろうが、不況(これもイメージの力と結びついている)のために物を買い控える人々を取材したニュースの中で、増えつつあるタイプとして取り上げられていたある若者が「外国には行かない、テレビで情報を見れば十分」と答えていたことを信じるなら(笑)、現在はますます情報操作される人々が増加中だということになり、そんな状況を憂えてか某テレビ局の開局50周年記念番組で天野祐吉、テリー伊藤、姜尚中といった人々が一様に「テレビのフレームの外を見る想像力」を養うことが必要だと連呼していたが、それをテレビ番組が実践することは決してできないだろう。画面に疑問を持たせないようにその中をクリアにすること、画面の中のインフォメーションに観客の視線を囲い込むこと、フレームの外側の世界を消去することこそが、テレビの機能だからである。「不適切な編集に対する謝罪」は常に正面からカメラに向かってアナウンサーが語りかける映像で行われる。つまりテレビには「正しい編集」「正しい映像」によって多くの映像を隠蔽する不自由があることを視聴者に意識させないという欺瞞がある。いま見聞きしつつあるものに疑問を持たせること、見えにくくすることでそのメディアの限界を露呈させること、フレームの外側の世界があることを示唆すること・・・そうした自己批判的な映像を作ろうとすると、今では必然的に「映画作品」たらざるをえないのである。あらかじめ予告した後テロップつきで例外的なテレビ番組を放映するという意味のない馬鹿を行うのでなければ、テレビという媒体の性格上、それらは人目に触れないように放送されるしかない。それらは母親に裏切られ便所に流されてしまう痛ましい赤子のように産み落とされ、こっそりと一度だけ、深夜に放送される。一方で日本の映画館でかけられるフィルムはますますテレビ番組の延長線上で作られるようになっていく。映画館以外のあらゆる場所で使用されるために。画面が明るく喜怒哀楽がわかりやすい、外側から遮断された映像。あたりさわりのない調和の距離。決して途切れない一つしかないリズムへの従属。何もかもが小奇麗な映像と音が、我々の周囲で増殖する(最近のインタビューでヘンリー・スレッギルは音楽の分野での同様な「過剰」について語っている*)。いたるところにあるクリアなイメージ。観客は世界をそれに似せようとして、破綻し、苛立ち、孤立化する。出口はないように見える。そのとき人は、イメージという病にかかっているのだ。

マスメディアが世界を出口なしの出来の悪いフィクションに仕立て上げようとする現在、我々は自分たちが囚われているイメージ(と操作)を認識解体するためにフレーム(とその効果)の外に出る必要がある。例えば『おくりびと』が獲得した米アカデミー外国映画賞という代物の歴史をメディアがあえて報道しなかったとき、人はスポーツの国際大会で今なお恒常的に行われている(例えばワールドベースボールクラシックで何度も戦った韓国チームだが彼ら選手が所属するリーグの試合が定期的に放映されることはない)、第2次世界大戦で敵国の情報を全く与えなかった戦時協力中のメディアの手法を思い出すだろうし、「北朝鮮の人工衛星」のような肉眼では不可視の被写体のインフォメーションにおいて「大本営発表」に従属させられる危険については既に(2)で述べているが、逆に「新型インフルエンザ」専門のチャンネル(があれば)やウェブサイト以外の過剰な映像情報は、その中でキャスターやコメンテーターが主張する「冷静さ」と逆の、不安を煽るイメージとして機能する。研究者たちはメディアとは別種のリズムや速度(例えば膨大な待ち時間や極度の遅さ)で物事の推移を見続けているだろうが、それらは排除されてしまうだろう。

優れた映画作家たちはメディアから排除されたリズムや時間や感覚を擁護することができる。例えば最近上映されたキラ・ムラートワの『調律師』は若い詐欺師のカップルが老人たちから金を巻き上げるというだけの物語を、複数の人々が一度に台詞を叫んだり執拗に反復する遅延行為の熟練した演出によって、かつてスターリニズムにそして現在は資本主義によって強制されるリズムによって消費されることに抗う。それはバーバラ・ローデンの『ワンダ』が例えば夫のエリア・カザンの映画にはない生々しさを捉えることができたアマチュア的な手段とは対照的だが、二つの映画にはともにコマーシャルな市場では排除される時間とリズムにとどまろうとする意志が漲っている。あるいは最近やっとDVD化されたチャールズ・バーネットの『Killer of Sheep』。バラク・オバマが初デートで見に行ったというスパイク・リーの『ドゥ・ザ・ライト・シング』のテレビ的なリズムから排除されまくった凝視のリズムが羊の屠殺人一家の日常を捉える。疲れ切ってベッドをともにしようとしない夫とともにダンスを踊る妻とそれに反応できず寝室へと去って行く夫を描く固定画面の痛々しさ、夫とその友人が車のエンジンを運ぶ階段と苦い結末は、いずれも一連の省略のない長い時間のうちに描かれている。それらは大量動員作や映画祭グランプリ作品のような次の年には誰も覚えていない作品とは違って、消費に耐え蘇生するための時間をとどめていたのである。

バーネットは近年の『Nat Turner:A Troublesome Property』で奴隷解放以前の反乱指導者ナット・ターナーのイメージの歴史を語っている。1831年に50人余の白人を殺して絞首刑にされたターナーは、アフロ・アメリカンの歴史上の英雄として奉られ、演劇化された。一方白人歴史家たちは虐殺者、殺人者として描いている。ウィリアム・スタイロンによって小説化され作家にピューリツァー賞をもたらしたこの人物については、実は捕らえられた際の僅かな取り調べの記録しか残っていない。さまざまな歴史家のインタビューを劇の間に挿入し俳優たちをカメラに向かって語らせ、さらにバーネットはおそらく批判的でありながらもこのウィリアム・スタイロンの小説の一節をとりあげ、語り手に朗読させる。文学として否定しながらも映画の中でこのテクストを「救う」ことの美しさ。バーネットはまた自ら登場し、撮影のプロセスをも本編に組み込み、自分もまたターナーのイメージを作りつつある者の一人に過ぎないことを明らかにすることでメディアたる己の批判を行う。

  そしてパオロ・ベンヴェヌーティ。奇跡的にイタリア映画祭で上映された素晴らしい『プッチーニの愛人』においても、ベンヴェヌーティは『魔女ゴスタンザ』『シークレット・ファイル』(今回『機密報告』と訳されていた)同様に数年かけた綿密な調査によって明らかにされた「西部の娘」執筆時のプッチーニを巡る女たちの秘密を、真実発見の文書として出版するよりも映画化することを選んだ。ベンヴェヌーティ自身の師であるロッセリーニは「フィクションを通してしか真実に近づけない」とオリヴェイラやジーバーベルク同様に述べていたからである。映画祭上映日の夜に行われたレクチャーで語られた学生たちとの調査のプロセスは本当に面白く、彼自身が作業を楽しんでいるのが見てとれたのだが、いったんそれが映画作品として上映されると、歴史家たちは「それは真のプッチーニではない」として毎度のように彼を非難する。今回センチメンタルなラブストーリーであるために観客に距離をとらせる配慮から映画の冒頭に初めて「これは映画である」と知らせるスタートの声とカチンコの音を入れたにもかかわらず、それを見ようとしてくれないわけだ。ベンヴェヌーティの日本紹介者でもある青山真治曰く「映画作家はフィクションという剰余価値を恥じることはない」。だが、歴史家たちはフィクションを恥じ、映像を学ぼうとしない、既に自分やその子供たちが映像を扱い影響されているにもかかわらず、である。『プッチーニの愛人』はドライヤーの『怒りの日』『ゲアトルーズ』を思わせる女たちの世界だ。船を漕いで逢引きに来る酒場女、猜疑心から夫の後をつける女、浮気相手と疑われ(『ゴスタンザ』の魔女のように)神父からも迫害され遂には命を絶つ女・・・スタンダードの画面と手紙の朗読以外はほとんど台詞のなく、プッチーニの未発表のピアノ曲(隠し子と思われる男の遺品のなかに残っていた無声フィルムに写っていたプッチーニの即興演奏から譜面を起こしたという)が流れる画面がサイレント映画へと遡行するように見える映画は、プッチーニ自身の生きた土地の風や川の音、鳥の声と出会う。「あれは当時のイタリアのウェスタン批判でしょう」とのこちらの問いにうなずいた『ティブルツィ』のように、これもまたトーキーを通過してサイレントを発見するという新世紀の映画にふさわしい試み=驚くべき冒険であり、それゆえ彼がシンポジウムで語った映像の氾濫の時代におけるレオナルド〜リュミエールの美学に支えられた1:1.33画面の再定義と擁護も全く正当なものに思える。進行中のカラヴァッジョについての調査の話も興味深く、こうなったらぜひとも『プッチーニ』劇場公開とベンヴェヌーティ回顧上映を実現してもらいたいが、それまでにいったいどれほどの人が、自分たちが「真の〜」というイメージの病にかかっていることに気づいているだろうか。

*http://www.hartfordadvocate.com/article.cfm?aid=11573

(2009.5.5)


©Akasaka Daisuke

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