ムレ、Miotte vu par Raul Ruiz

2006年は特にフランス、アメリカ、スペイン等からの当サイトへの思いがけない長文メールでの反応や中にはテクストの紹介や転載や新しい雑誌とウェブマガジンへの寄稿の依頼もあったりして本当に驚かされ励まされた。そのうち新しいオーディオヴィジュアルのための雑誌"Derives"のジャン=クロード・ルソー特集は2月7日現在校正中なので(すでに次号にも執筆予定なのだが)ようやく3月発売となるが、日本での特集で上映されなかった作品もDVD付録についており必見モノである。ストローブによってヨーロッパ最大の作家の一人とも言われている彼は昨年中も数本の新作を完成させており紹介が待たれるが、とりあえず冒頭ゴダールの『パッション』のサウンドトラックの引用から始まるルソーのインタビューと美しい『労働者たち、農民たち』讃のテクストもある"Derives"専用サイトは こちら

さて昨年アメリカ各地で回顧展がなされDVDも発売されたにもかかわらず相変わらず日本では未紹介のリュック・ムレ。ストローブが「ゴダールが撮らなかった最高の映画」と語った『密輸業者たち』Les Contrebandieres は本当にトンデモない映画である。一言でいうと「コメディーを口実にした登山のドキュメンタリー」であり、リスキーな撮影満載で思わず手に汗握らせる冒険(話がではなく撮影自体が、である)映画である。話は男1人に女2人の密輸業者のチームがフランス〜スペイン国境間で追っ手を逃れて山越えしていくというものだが、まず自主映画で山岳アドベンチャー映画というのが無謀である。そして冒険の文字がタイトルに入ったジャン=ピエール・レオー主演『ビリー・ザ・キッドの冒険』Une Aventure de Billy le Kid は、やはりビリーと一人の女が追っ手を逃れて山越えしていく「西部劇ごっこをする人々が登山するドキュメンタリー」である。後の短編La Cabale des oursins のような疑似「文化映画」の形をとったコメディのように、登山はムレの映画の特権的なモチーフになる。しかし『密輸業者たち』『ビリー・ザ・キッドの冒険』は、何より人物とともにある空間を記録することにかけて圧倒的なのである。

『アルプス颪』や『山猫リシュカ』や『白昼の決闘』を模倣しつつある人々と出会うピレネー山脈の斜面、岩肌、崖・・・ムレの映画は、現在作られている映像のほとんどがサイレント映画の遺産であるロングショットを抹殺してしまっている事実を気づかせてくれる。それらはもはや説明としてしかロングショットを使っていない。つまり情報に従属してしまった遠景なのだ。『ビリー・ザ・キッドの冒険』でジャン=ピエール・レオーが斜面を飛び跳ねるように駆け抜けて、女と抱き合いながらゴロゴロと転がり落ちる時、または『密輸業者たち』の崖の上で女たちが組合の追手と国境警備員とに挟み撃ちされる大ロングショットの反復など、斜面の傾きやそこで動くことの難しさ、画面それ自体のフィジカルな感覚・・・それらを正確に伝えることができているあまり、観客は安心しきって笑うどころではない。または笑いつつも背景にある諸々の感覚を認めるという希有な体験を生きることになるのである。

ところでムレの新作は"Jean-Luc vu par Luc"。これに似たタイトルの映画がある。"Miotte vu par Ruiz"がそれだ。ムレはラウル・ルイスの『盲目の梟』をリヴェットの『セリーヌとジュリーは船で行く』『メリー・ゴーラウンド』やブニュエルの『欲望の曖昧な対象』に比較して論じたことがある(1)。"Miotte vu par Ruiz"は、撮影期間が短すぎることで有名なルイスが抽象画家ジャン・ミオッテを3年の間追って撮影したドキュメンタリーだ。ニューヨークやハンブルグ、南フランスのアトリエで、ルイスのキャメラはガラスに画布にと描き続けるミオッテの作業をひたすら撮り続ける。絵筆に取り付けられたキャメラを除けば、この映画には珍しくもルイス映画おなじみの特殊効果がまったくない。だが画そのものの色彩を創り出す絵筆の躍動が町や自然の色彩をも幻想的な様相にさえ見せてくる。

  


だが同時にこれは本当に謎めいた作品でもある。具象画でないミオッテの絵画にはモデルはない。だから見つめていても、リヴェットの『美しき諍い女』やビクトル・エリセの『マルメロの陽光』のような進行状況というものがまったくわからないのである。「ダメだ、これではいけない」「これはまずい」と画家が言うとき、何がいけないのか、そもそもいったい何を描いているのか?いつどのようにして終わるのか?だが本人の言葉にあらわれるように、描いている画家本人もそれを知らないのだ。だからといって何も見えてこないわけではない。筆の運動、息づかい、ジョナス・メカスの言うように(2)、リングに向かうボクサーのように画布に向かわんとするミオッテの立ち尽くす姿があるのだが、確かにすべてが見えているはずなのにすべてが謎めいている時間・・・それらしい迷路と装飾と技巧に満ちたフィクションであり画家を扱った『クリムト』にはまったくない明晰な謎とでもいうべきものがここにある。奇妙なことに、まったく似ていないにもかかわらずこれはルイスの最もロッセリーニ的な作品かもしれない。(3)

(1)http://www.rouge.com.au/2/blind.html

(2)http://www.lecinemaderaoulruiz.com/pages/accueil.php?pagefilm=fichetechnique.php&titre_film=Miotte%20vu%20par%20Ruiz

(3)http://homepage.mac.com/callanan/iMovieTheater13.html

なお下記でイギリスのCenter for Modern Thought(University of Aberdeen)で2006年6月13日にルイスが行ったレクチャー(英語)が視聴できる。
http://www.abdn.ac.uk/modernthought/video/

追加;現在ルイスはチリでCanon XL H1キャメラを使用して新作"Recta Provincia"を製作中。撮影監督Inti Brionesのblogは下記
http://viajebeat.blogspot.com/

下記で抜粋視聴可能である。

http://programas.tvn.cl/Larectaprovincia/2007/index.aspx 

(2007.2.13)

©Akasaka Daisuke

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